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CULTURE

職人紀行 第一回 奥山 武(福禄寿)

日本カルチャー紀行

2021.11.09

職人紀行 第一回 奥山 武(福禄寿)

もの作りの裏側には必ず腕の立つ職人がいるものだ。彼らの多くは黙々と手を動かすのみで、自ら語ることもなければ表舞台に出ることを好まない人も多い。しかし彼ら職人がいなければ、デザイナーの脳裏に沸いたインスピレーションが形になることもなければ、クリエイターの発想が世に出ることもない。世相が混迷を極める今こそ、ファッションや伝統文化、そして明日の未来を支える職人の話に耳を傾けたい。

direction by SATOSHI MORIYA photography by FUMIHITO ISHII text by SHUNSUKE HIROTA

店が徐々に軌道に乗るようになると、奥山氏はさらに修理の技術を磨くために積極的にアメリカのブーツブランドの工場を訪れるようになる。主要なアメリカンブーツメーカーはほぼ網羅したと言っても良い。

「実際に修理の工程を見て驚いたのは、リオスもレッドウィングも技術的には大したことをしてるわけじゃない。だけど仕上がったブーツはちゃんとリオスやレッドウィングの顔になっている。自分の修理との違いは何だろうと考えた末に、木型の存在に気付きました。向こうの修理はちゃんと木型を履かせて行うんですが、日本の靴修理はオールソール交換でも木型を使ってなかった。それで修理用の木型を作ろうと思い立って、木型職人やメーカーに協力してもらいながら、それぞれのメーカーの代表的なモデルとサイズの木型を10年ほどかけて少しずつ作っていきました。修理で稼いだお金は全部木型と機材につぎ込みましたね」。

そして奥山氏が投資をしたのは木型と機材だけではない。「こんなことしなければビルが建てられてた」と嘯うそぶくほどのコストをかけ、修理が仕上がってしまえば見えない製靴用の釘や中物に使用する練りコルク、シャンクといったパーツ類もアメリカから独自に輸入したり、自社開発を行なっていった。いずれも靴修理の品質を向上させるための投資であり、ひいてはいつか自分の手でゼロからブーツを作り上げるための布石でもあった。独立して10年が経ち、すでに奥山氏はブーツ修理の第一人者として知られるようになっていたが、まだオリジナルのブーツ作りへの熱意は冷めていなかったのだ。

膨大な木型を収蔵するため、約10年前に同じ浅草内で移転し、工房を拡大した福禄寿。「浅草は靴と革の街なので、この仕事を都合が良かったんです。キーストーンのブーツを作るために、浅草の店以外に新たに茨城に工場を立ち上げました」と奥山氏。
かつて福禄寿で別注したリオスオブメルセデス。「別注では正統派と異端の両方をやるようにしています」。
ブーツ作りと修理を並行しておこなっている関係上、なかなかオーダーを捌けないのが目下の悩みだという。

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