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男のリーダーシップ 第95回 『出世しない人の教え』

男のリーダーシップ

2021.06.09

男のリーダーシップ 第95回 『出世しない人の教え』

人材育成コンサルタント、守谷雄司氏による熱血マネジメント講座。 今回のテーマは、「肩書のない上司から学んだこと」です。肩書のない人、昇進とは縁がなくても仕事にひたむきな努力をする人、こんな人たちから学ぶことはたくさんあります。出世や肩書と人間的な偉さは違うものなのです。

directon & text by YUJI MORIYA illustration by CHINO A

私の人生の道標になった人、それは、大塚次郎さん(当時50歳)という出世とはとことん縁のない人であった。大塚さんは「我慢強くて腹が据わって温かく、優しい」人柄であり、どんな仕事にも力を注ぐ情熱の人であった。そんな大塚さんの後ろ姿から学んだことは、「人間の偉さは、肩書や地位で決まるものでない。人にはそれぞれ置かれた部署での役割がある。それが、どんなささやかな役割であっても、ひたむきに努力し、素直な心と謙虚な姿勢を持って取り組み、そのことがそこに集まる人々の心を高める」ということだった。

私の青春時代は(昭和35年、日本企業が高度成長期を迎えた頃)、大塚次郎さんと二人三脚(ともに出世と縁のない二人)で、周囲の軽侮(人を軽く見てバカにする)などを気にすることもなく、とことん仕事に打ち込んできた。まわりの課長たちが、次々に次長になり、部長に昇進してゆく。ところが、自分の上役だけは何年経っても課長代理であった。そんなとき部下にしてみれば、「どうして、私の上役だけ出世から取り残されたのだろう」と肩身の狭い思いがするものだ。私の初めての上司は大野さんと言って(50歳で眼鏡をかけ、細身で物静かな知的雰囲気を持った人であった)、地元の中学の教頭から会社に懇願されて転職してきた人であり(今でいうところのスカウト)、教育問題では社内広しと言えども、ただ一人の専門家であった。定年になって会社に来られたという訳でなく、働きながら学ぶという、学院(女性だけの)が誕生したのをきっかけに、この道の専門家が必要ということで、急きょ採用され、若い人の教育分野を担当されていた。

「会社の教育というものは、机にしがみついて、難しい本を読んだり、知ったかぶりの知識を振りかざすことじゃない。それよりも、現場で汗をかいている人から教えてもらうこと、頭を下げて謙虚に学びとるという精神こそが大切だ。いつもそのことを頭に入れて行動しなくてはいけない!」。これが大野さんの教育方針であり、私という部下を鍛えてゆくための指導哲学でもあった。

当初は、生徒が300人近い学院(通信教育制の4年生高校)を大野さんと私との二人で運営していたのだが、大野さんの苦労も容易ではなかった。正規の教科を担当する以外にも、机や椅子の整理といった教室の整備から始まって(学院といっても元は部品工場の倉庫を一部改装したものであった)、洋裁の授業に使うヘラの注文から、さらに文化祭に使う女性の人体(マネキン)を地元の洋裁学校へ借りに行くこともあった(軽トラだったのでマネキンは丸見えであった)。

当時、教育課は職務別の教育、例えば、品質管理とか原価管理とかいった教育と、管理者、監督者のための教育と、もうひとつは、若い人たちのための教育と三本の柱で仕事を行っていた。そして、全体を統括する課長が一人と、課長代理が二人いた。役職者の間で一時、課長代理たる者がいくら人数が少ないからと言って、マネキンを背負って社内を歩くのはおかしいではないかという批判もあった。確かにそうかもしれない。50代に近い年齢の人がトラックに乗り、洋裁学校から借りてきた(女性の)マネキンを私と一緒に会社の構内を背負って歩いたのだから、周囲には奇異な姿に映ったのだろう。けど、大野さんは徹底していた。「一緒に手伝わんことには、せっかくの生徒の作品が文化祭に間に合わんでしょう」と、そんな噂などどこ吹く風の馬耳東風であった。

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